「なぜ、上流の水の流れは透明なのか」
―河川上流中流の土砂流下と堆積の規則性を考える―
第3章「水の流れが透明な理由」と上流中流の治水的機能(4/4)−第3節
第3節 「自然の敷石」と「自然の石組」の治水的効果
上流中流の石や岩の水流に対する治水的効果
「自然の敷石」と「自然の石組」は、通常の増水があったとしても、それらを形成している石や岩が簡単には流下しない現象です。それらの石や岩は水流と共に流下しないので、水流に対する障害物になっています。つまり、水流の速度を遅延させる効果を持っています。
それぞれの石や岩による効果は僅かなものに過ぎません、でも、それらの石や岩は水流の至る所にあります。それぞれの場所の「自然の敷石」と「自然の石組」全体の効果は決して少なくありません。
上流や中流の流れを観察してみると、水流の全てが下流に向かって一様に流下していることは少ないのです。
淵や荒瀬では逆巻き、深く潜り、湧き上がり、斜めに流れ、分流し、合流し、それらは息でもしているかのように常に連続して変化しています。
早瀬や平瀬であっても、流れの中央と岸辺とでは流速が全く異なっています。もちろん岸辺の流速は中央部よりも遅いのが普通です。
これら水流を遅延させる現象は、明らかに、水底や岸辺にある大小様々な石や岩による効果です。これらの効果は、石や岩が大きくなる上流ほど大きくなっています。
上流や中流でも、水流の三面をコンクリート貼りにした流れを見ることがあります。それらの流れでは水流が遅延することはありません。水流はその傾斜に従って素早く流れ下るばかりです。
時としてそのコンクリート面に凹凸が設置されている事もあります。そのような工夫に全く効果が無いとは言えませんが、自然に形成された「自然の敷石」や「自然の石組」の効果とは比べようもありません。
「淵」が水流に及ぼす効果も少なくありません。淵頭から狭くなった水流が勢い良く流れ込む淵であっても、その中央は広がり深くなっているので、大量の水が穏やかに流れています。そして、淵尻に至れば広がって浅く穏やかに流れて行くのが普通です。淵の水流が穏やかになることは下流に向かう水流の速度が遅延している事です。
水流が一時的に多く集められて再び少しずつ流下していく仕組みは、遊水池の仕組みと同じです。つまり、淵は自然に形成された小規模な遊水池です。
「淵」は、水量が増えればその深さを深くすると同時に面積も広げる事が多いのです。その事により増水時には遊水池としての能力を増加させています。この仕組みは、降雨による増水がいちどきに流れ下るのを防ぎ、下流側での水量の増加速度を穏やかにしています。
「淵」の効果は渇水時でも大きなものです。石や岩が多くありその傾斜が強い上流には淵が多くあります。渇水時になれば淵に流れ込む水量は減少して僅かなものになります。でも、淵から流れ出る水流は、流れ込む水量とほぼ同じ量である事が多いと考えられます。それだから、水深がある淵では渇水時でも多くの水が滞留しているのです。
この効果により、石や岩が多く淵が多い上流部では渇水期であっても水流が途絶えることが少ないのです。
上流や中流にある淵は一つや二つではなく、ほとんどの河川の場合で数多くあるのです。それら幾つもの淵が下流に至るまでの水流に及ぼす影響は少なくないでしょう。 上流や中流にある荒瀬も淵に似通った効果を持っています。渇水期の荒瀬では、小さな淵が幾つも連なった形状を現していることが多くあります。また、淵や荒瀬ではなくても流れが深い場所でも同様の効果があると考えられます。
水量が少ない時の石や岩の治水的効果は、淵や荒瀬に限りません。元々水量の少ない流れや渇水期の流れでは、石や岩の間に出来た水たまりが、淵と同様の役割を果たしています。また、石や岩によって出来た小さな狭間を僅かな水流が流れている光景を見ることもあります。それらの石や岩が砂や泥で埋まってしまえば、それらの効果はありません。
石や岩の多い上流や中流であっても、それぞれの場所ごとで水流に及ぼす治水的効果は決して大きなものではありません。しかし、地図上に表わされた河川の流域が広葉樹の樹形に近い形で広がっていることを考えれば、流域全体での上流中流の範囲は広大なものだと言えます。
上流や中流全体の石や岩が流水に及ぼしている治水的効果は決して少ないものではありません。そして、それらの石や岩の多くは「自然の敷石」と「自然の石組」があるから安定してその場にあり続けています。
「自然の敷石」と「自然の石組」の治水的効果と増水
淵やその他の小地形が持っている、水流を遅延させる効果や遊水池的効果は、水量が増えて水流が河川敷全体を覆うようになればその多くが消失してしまいます。
しかし、そのような状況がいっぺんに発生する事はありません。通常の雨による増水であれば、水量は徐々に増加するのが普通です。また、減水する時でも少しずつ減水していくのが普通です。
ですから、特別規模が大きな増水があったとしても、上昇した水位が河川敷全体を覆ってしまう以前や、減水して石や岩が水面から現れるようになった以後であれば、水流を遅延させる効果や遊水池的効果は少なくありません。
それに、河川敷全体を覆うように増水する機会は決して多くないのです。
特別規模が大きな増水の後やダムによる急激な放流の後では、土石流の後と同じように、水の流れは、土砂が大量に堆積した河川敷を浅く流れるだけです。流れの底には多くの砂や小砂利が不規則に堆積して、その底にあるはずの石や岩を覆っていることが多くあります。つまり、「自然の敷石」や「自然の石組」はほとんど形成されていません。
この場合には、河川や河川敷自体に治水的機能はほとんどありません。三面をコンクリートで囲まれた水流の場合とそれほど異ならないかもしれません。山から流れて来る水や降り注ぐ雨水が増えれば増えただけ下流に流れて行きます。
しかし、そのような時期を経過した後に「自然の敷石」や「自然の石組」による様々な小地形が次第に出来て来ると、 水流の中や河川敷に治水的機能が生じてきます。「自然の敷石」や「自然の石組」は、河川の上流や中流で急激な増水や急激な減水の機会を少なくして、水流の変化を穏やかなものにしています。
「自然の敷石」と「自然の石組」の土砂に対する治水的効果
「自然の敷石」と「自然の石組」は、多くの土砂が増水の度ごとに流下して行くのを防いでいます。これらの効果は、増水であっても土砂の流下量を増加させない、そして、長期間に亘って多くの土砂の流下を妨げる治水的効果であると言えます。
岸辺にも「自然の敷石」と「自然の石組」ができている上流や中流では、岸辺のそれらがそのまま護岸の役割をはたしています。「自然の敷石」と「自然の石組」があるので水の流れの位置が定まり、水流による陸地側の土砂の流下を防いでいます。
また、岸辺だけでなく河川敷にも「自然の敷石」や「自然の石組」が出来ている場合であれば、それらが河川敷の土砂の流下を防いでいます。さらに、「自然の石組」やそれに似通った構造が川岸や山裾の土砂崩れの拡大を止めている光景を見ることもあります。
上流部になるほど石や岩は大きくその数も多くなりますから「自然の敷石」と「自然の石組」の効果も大きくなり、それらは上流部になるほど多くの土砂の流下を防いで、水流の中とその周囲の浸食を防いでいます。
上流や中流で見られる淵もまた、土砂の流下を穏やかなものにしています。
上流側に土砂崩れや土石流などがあった時、大小様々な大きさの土砂が河川に到達します。それらの土砂は通常の水流や増水によって下流に流下して行きます。でも、それらの土砂が淵に至ればそこは流れが穏やかなので、流下してきた大量の小さな土砂の一部は淵の底に堆積します。
土砂の堆積は上流側の淵から始まり、堆積は次第に下流側の淵にも及びます。それらはその後の幾たびもの大小の増水により少しずつ下流に流下していきます。この過程は、特別に規模が大きな増水の後に生じる現象と同じです。
つまり、淵は特別規模が大きな増水の時であっても、土砂崩れや土石流の時であっても、流下して行く小さな土砂を一時的に押し止め、少しずつ下流へと流下させています。
上流と中流の「自然の敷石」と「自然の石組」
上流と中流の「自然の敷石」と「自然の石組」の治水的効果を一括して考察しましたが、上流と中流とではそれらの効果の大きさは異なっています。中流の「自然の敷石」と「自然の石組」は、上流と比べて破壊され易いので、その治水的効果の大きさも上流と中流とで異なっていると考えています。
数の事だけを言えば、中流には上流よりも数多くの石や岩がありますが、それぞれの場所にある石や岩の大きさが上流部より小さく、それぞれの石や岩の大きさの差も少ないのです。また、水量も多いので石や岩が移動し易く、中流部では「自然の敷石」と「自然の石組」の継続が、上流部に比べて容易ではない事が考えられます。
これらの事情は、石や岩の大きさが小さくなる下流部に近い場所ほどその傾向が強くなります。中流部の石や岩の多くは増水の度に移動し、それらよりはるかに多くある小さな土砂は、増水の度に、より下流に移動し続けているのです。
これらは実際の河川の状況で確かめることが出来ます。例えば、中小の規模の増水の際に、上流ではほとんど濁りが発生していなくても、中流部からは濁りが生じている事や、蛇行や網目状の流れに見られるように、中流部では増水の度に流路が移動することも多くみられます。
ですから、中流部で、その場所での大きな石や岩の大きさが石や小石であるような、下流に近い場所では「自然の敷石」と「自然の石組」は形成され続けることが多くありません。
但し、元々水量が少なく水量の変動幅が少ない支流や小さな水流では、小石や砂利の中でも「自然の敷石」と「自然の石組」が長期間に亘って形成されています。このことは、農地にある自然の小さな流れや、流れの穏やかな小さな沢などの川底で確かめる事が出来ます。
これらの事を考えると、「自然の敷石」や「自然の石組」の治水的効果は、上流部のほうが中流部よりも大きいと言えます。「自然の敷石」や「自然の石組」を形成している石や岩の大きさによって、それらの構造の強度が違うことは土砂流下を考える際に重要な事柄なのではないでしょうか。
上流と中流の河川敷の治水的効果
河川上流や中流の土砂の流下を考えると、河川敷の治水的効果も考えないわけにはいきません。
河川上流や中流には水流の左右やその何れかに土砂が堆積した河川敷が広がっていることが多くありますが、下流域でそのような光景を見る機会は多くない印象があります。ですから、このことも河川上流や中流の特徴と言えるかもしれません。
上流や中流の河川敷に堆積した土砂は、特別規模が大きな増水の際などに水流がその場所のその高さにまで及んでいたことの証です。なぜなら、水流によって移動する土砂が、水流が及ばない場所に堆積することはなく、水流の高さよりも高く積みあげられる事も無いのです。
ほとんどの河川敷は水流の位置よりも小高くなっているので、その高さ近くにまで至った水流が徐々にそれらを下部から崩していく規模の増水の機会か、直接に水流の位置を変更させる増水の時にしかそれらの土砂が流下する事はありません。その時には、増水を契機にして水流が以前とは異なった場所を流れ、或いは水流が広がり、それまでは流れに曝される事の無かった河川敷の土砂を流下させます。
しかし、河川敷に増水が及んだとしても、水量が減少した後には多くの場合で再び土砂が堆積した河川敷が残されることが多いので、水流が直ちに河川敷の土砂の全てを流下させているわけではないでしょう。ですから、河川敷の土砂堆積は、「自然の敷石」や「自然の石組」或いは「淵」などの場合に比べてずっと長い期間に亘る土砂の流下抑制機能であると言えます。
また、増水があった時に、水流が生じる事が多い河川敷では「自然の敷石」と「自然の石組」が形成されることも多くあり、そのような場所の土砂の流下抑制機能も強いのです。
河川の上流や中流では、山と山との谷間の広がりが同じような程度で、河川敷の広さも同じようにして続いている事が多いのですが、場所によっては他の場所より大きく広がっている河川敷を見る事もあります。
それら広がった河川敷は、山の尾根が谷間にせり出して流れを狭めている場所の上流側や、川の流れが大きく屈曲した場所や、支流が本流と交わる合流点付近や、何故か谷間が広がって水流が蛇行している場所などに多くあります。
それらの広がった河川敷は、様々な大きさの大量の石や岩によって覆われていることが多くあり、その傾斜が山裾から水流に向かって一様になっていることは少なく、高い場所や低い場所が入り乱れて広がっていて、場所によっては水たまりや小さな流れが残っている事もあります。
それらの場所が広い河川敷になっている事は、それらの場所に大量の水流と土砂が押し寄せて来る機会があった事を現しています。
それらの河川敷では、特別規模が大きな増水や、大きな増水の際に水の流れの場所が変化しているから、河川敷が一様な傾斜では無く高い場所や低い場所が入り乱れていると考えられます。
河川敷がその治水的効果を及ぼしているのは土砂に対してだけではありません。河川敷は水流に対してもその流下を制御抑制しています。
水流が河川敷に及ぶのは増水した時に限られます。その時に水流の幅が広がれば広がった分だけ全体としての水流の速度が減少して、下流側に向かう水量の増加を穏やかにしていると考えられるのです。このことは、水流の幅が堤防や護岸で固定されている中流や下流域の流れと比較すれば明瞭です。
河川敷がほとんど見られない中流や下流域に大量の水が押し寄せれば、その場所の水位が高くなると同時に水流の速度が早くなります。つまり、河川敷が無い中流や下流域では、増加した水量が元の水流の幅以上に拡散する場所がないので、水位が上昇して水流の速さが増加するばかりです。
上流や中流で、通常の水流の幅以上に河川敷が広がっているのは意味のないことではありません。日本の河川は流程が短くその傾斜も強いのが特徴です。しかも、時々の雨量も決して少なくないのです。ですから、水量は急速に増加して急速に減少する傾向が強いと言えます。
このような日本の河川の特徴に適応して、上流や中流の河川敷が広がったのだと考えられます。
上流でも中流でも水流の隣に河川敷が広がっている事は普通に見ることが出来る光景です。また以前であれば、流れの脇に河川敷とまでは言えないような荒れ地や非耕作地が広がっている場所も多くあったのです。それらは自然の土砂流下が生み出した、自然の治水的機能であると考えられます。
それら広がった河川敷が水流と土砂に及ぼす治水的効果は大きなものです。
河川工事やダムなどによる不都合
第1章から、この第3章までに記述した河川上流や中流の土砂流下と堆積の規則性は、河川治水の考え方において、今までほとんど考慮されることがありませんでした。そして、そのことが現在の間違えた上流中流の工事方法の原因でもあるのです。
これまでの河川工事では、河川水に対してどのように対応するかだけを課題とすることが多かったようです。堤防からあふれ出ようとする水量に対してどのように対処するか、或いは、強い水流に対してどのように堤防や護岸を守るかが課題とされてきたのです。
河川の下流域では、水流や水量を制御することが出来れば治水はほぼ万全でした。水流と共に流下する砂や土や泥については多く考慮する必要もなかったのです。なぜならば、それらの場所の土砂は水量の増減にほとんど比例して流下するので、水量や水流に対応することが同時に土砂に対応することにもなっていたと考えられます。
でも、下流域で成功していた工事方法を上流や中流に適応させれば、それは間違えた工事方法とならざるを得ません。つまり、水の流下の規則性とは別に土砂の流下に関わる規則性があるので、上流や中流の水流を制御出来たとしても、流下し堆積する土砂に関して不都合が生じてしまうのです。
河川の上流や中流に石や岩が多くあり、それらが上流に至るほど大きくなっている事は無意味な現象ではありませんでした。そして、それらの石や岩が「自然の敷石」や「自然の石組」現象を生じさせている事も含めて、上流中流の石や岩によって生じている様々な現象の多くは自然の摂理と言えると思います。それらは、水の多い惑星の大地に生じた必然でもあったのでしょう。それらの現象は、地球上のほとんどの生物が現在の姿に進化するずっと以前より続いていた現象であり、これからも絶えることなく続く現象でもあると思います。
しかしながら、現在の日本の上流や中流ではそれらの自然の摂理を全く無視した河川工事やダム工事が多く行われています。また、多くの取水堰でもそれは同様でした。それらによって河川の治水や自然環境には甚だしい不都合が生じています。それらの工事のほとんどは、ここ四〜五十年年ほどの内に急速に展開して日本国土の全てを多い尽くしたものであり、それらを放置すればするほど事態が深刻化する性質も持っています。
第4章以下では、土砂流下と堆積の観点と「自然の敷石」や「自然の石組」の仕組みから見た、上流や中流の「砂防堰堤」「コンクリート護岸」「貯水式ダム」「取水堰」等に関わる現実の様々な問題点を明らかにすると共に、問題の解決方法についても考察し提案します。