「なぜ、上流の水の流れは透明なのか」
―河川上流中流の土砂流下と堆積の規則性を考える―
第3章「水の流れが透明な理由」と上流中流の治水的機能(1/4)−第1節(1/2)
2024/05/25
2023/08/03,07/15 2022/11/11 2021/03/ 2020/12/09,04/03
一部訂正
第1節 「自然の敷石」と「自然の石組」(1/2)
流下する土砂と流下しない土砂
第1章、2章で記述したのは、上流中流の土砂流下と堆積に関わる基本的な事柄でした。しかし、それらだけでは、現実に発生している上流中流の様々な現象の全てを説明できたとは言えません。
例えば、上流中流の透明な流れの場所でも、重機が流れを横断すれば直ちに茶色い濁りが発生するのは何故でしょう。強い水流があっても、上流側ほど強い傾斜を長期間保ち続けているのは何故でしょう。また、規模が大きな増水を境に大量の土砂が流下して酷い濁りが発生する事情と、それらが透明な流れの日々に戻る事情も説明出来ていません。この第3章では、それらについて説明します。そして、冒頭に掲げた「なぜ、上流の水の流れは透明なのか」の理由についても説明します。
上流中流には、既に記述した、土砂を堆積させる3つの理由の他にも、土砂の流下を押し止めるもう一つの仕組みがあります。河川の水流は、その時々の水流の強さで流下させることの出来る土砂を流下させ、流下させる事の出来ない土砂はその場所にとどめています。
流下して行かない石や岩
以下の記述では、特別規模が大きな増水で大量の土砂が堆積した上流の特定の場所を仮定して、その場所の土砂流下を考えてみます。
特別規模が大きな増水によって水流の中や河川敷にもたらされたのは、大小様々な大きさの大量の土砂であり、当初、それらは多くの場合でほとんど不規則に堆積しています。
特別規模が大きな増水で、最大規模の時に流下して来て堆積した大量の土砂も、減水していく水流により小さな土砂であるほど次第に流下して行きます。そして、また新たな降雨が発生すれば、残された大量の土砂も水流によって流下して行きます。その時、流下するのは流れの底に堆積していた土砂です。またその時には、さらに上流からも土砂が流下して来ます。最初に流れて行くのは、土や砂や小砂利などの小さな土砂であり、流れて来るのもそのような土砂です。
これらの土砂の流下と上流からの新たな堆積が繰返されるうちに、時々は、規模が中程度の普通の増水が発生することもあります。時には少し規模の大きな増水も発生するでしょう。その時には、小さな土砂だけでなく、砂利や少し大きな石や岩も新たに加わって流下して行き、そのような大きさの石や岩も上流から流下して来ます。土や砂や砂利などの小さな土砂は、傾斜が大きく水流が強い場所にはとどまり難いので、上流であるほどそれらの土砂は早く流下して行きます。しかし、そのような場合であっても、上流や中流には容易に流下しない石や岩があります。
「自然の敷石」
幾たびもの中小の増水や少し規模の大きな増水による、様々な大きさの土砂の流下と堆積の現象を繰返したのち、やがて、その流れの底には、多少の増水では流下しない大きさの幾つもの石や岩が残されます。それら川底に何時までもとどまり続ける石や岩は、小さな土砂が流れ去った中でも容易に流下しなかった大きさの石や岩であり、それらは、第1章で記述したように、似通った大きさであることが多いのです。それらの石や岩が敷き詰められたように並んでいることも多く見られます。
流下することなく何時までもとどまり続ける川底の石や岩の真下には水流が直接及ぶことが無いので、それら真下の土砂は流下出来なくなります。それら真下の土砂の中には水流に晒されれば流下して行くはずの小さな土砂も多く含まれています。
流れの底に敷き詰められるのは、岸辺の石や岩に比べて小さく角も少なくなった石であることが多く、石や岩の多い場所であれば上流だけではなく中流でも発生している現象なので、それらの石や岩の大きさは下流に近づくほど小さくなっています。また、その水面には、小さな或いは細やかな波立ちが数多くあることも普通に見られます。
このような仕組みによって、流れの底の表面に堆積した石や岩の真下には、大量の土砂が長期間に亘って堆積し続けます。
上流や中流の川底に形成されるこのような石や岩による構造を、私は「自然の敷石」と呼ぶことにしました。「自然の敷石」を形成している石や岩は、都会の歩道に敷き詰められている敷石のように平板ではありませんが、敷石の構造と同様に、その真下の地中にある土砂が水流に晒される事を妨げ、それらの土砂の移動、流下を防いでいます。
「自然の敷石」は、流れに沿ってある程度の面積を占めている事が多く、流れる水の勢いが強い場所では大きな石や岩が敷石となり、勢いが弱ければ小さな石や砂利も敷石となります。また、同じような大きさの石や岩が敷き詰められているだけでなく、それらよりもひと回りやそれ以上に大きな石や岩が所々に挟まっている光景も多く見られます。
水流によって選別され残された石や岩が作り出す「自然の敷石」状態は、人為的に敷設される敷石の場合とは異なり、一層だけで成り立っているとは限りません。元々の土砂中に同じような大きさの石や岩が多くあった場合や、上流から石や岩が多く流下してきた場合などには、同じような大きさの石や岩が幾重にも重なる事があります。それら幾重にも重なった石や岩の最下層の下に、小さな土砂を含む大量の土砂が堆積しています。
しかし、このような状況であっても川底の地中に潜む大量の土砂を移動流下させる事態が発生します。それが、数年或いは数十年の期間の後に発生するような特別に規模が大きな増水です。特別に規模が大きな増水になれば、川底の表面にある多くの石や岩を流下させ、その真下の土砂も同時に流下させてしまいます。
つまり、「自然の敷石」の構造が破壊されてしまうので、「自然の敷石」によって守られていた川底の地中の土砂も、水流に晒されて流下して行くことになります。それらの土砂は不規則に堆積していますから、その流下も容易な事でしょう。また、特別に規模が大きな増水が発生するまで川底の表面にとどまっていた石や岩も、通常の増水の際に流下する石や岩によって多少は磨滅しているかもしれません。
特別に規模が大きな増水はたびたび発生するものではありません。しばしば発生する増水は、小規模や中規模だったりするのですが、それらが川底の敷石を部分的に流下させるほどであった場合には、「自然の敷石」の一部が破壊されてしまいます。
それらの時にも前述した過程により、再び新たな「自然の敷石」が形成される事になります。新たな「自然の敷石」を形成する石や岩は、地中から新たに露出した石や岩であったり、流下して来た石や岩であったりすると考えられますが、それらは、従前にあった石や岩よりも大きく流れ難い大きさであるかも知れません。このような経過により「自然の敷石」は次第に堅固になっていくのではないでしょうか。特別規模が大きな増水の後で、容易に濁りが発生しない状態になるまでに、長い年月と幾度もの増水が必要になるのもこれらの事情があるからだと考えられます。
私たちが、上流や中流の透明な水流の川底で見るのが、「自然の敷石」状態の石や岩であることが多くあります。それらの石や岩は、数多く敷き詰められたように並んでいることによって川底の傾斜を保っています。
河川の川底では、それぞれの狭い区間での水の勢いは同じようなものですから、それぞれの場所の川底には同じような大きさの石や岩が集まる事が多くなります。川底の表面にあった、それらの石や岩よりも小さな土砂は下流に流されてしまったのです。そして、上流から流れてきたそれらの石や岩よりも小さな土砂も、その場所に止まることなく流れていったのです。これらの事情は第1章第2節の「似かよった大きさの石や岩が集まっています」でも説明しています。
上流では水流中の「自然の敷石」を形成する石や岩の大きさは、岸辺や河川敷に多くある石や岩よりも小さいのが普通ですが、中流ではその状況が異なる事があります。
広い河川敷があり、石や岩の大きさの差が少なく、砂や砂利などの小さな土砂も多い中流では、流れる水流の底の石や岩の大きさが、河川敷に見る石や岩の大きさよりも大きい事があります。これは、降雨によってしか侵食されない河川敷よりも、常に水が流れている水中のほうが小さな土砂を早く流下させることによると考えられます。
「自然の石組」
河川の上流や中流では、流れの所々で波立ちや白い泡立ちを見る事が出来ます。波立ちや白い泡立ちは上流になるほど多く、波立ちや泡立ちの底には石や岩があり、それらは石や岩が作り出した段差であることが多いのです。
それらの段差は、人工的な堰堤の場合とは異なり川幅一杯に連なっている事は無く、川底でも川岸でも、それぞれの場所ごとに様々の大きさで少しずれた斜めの方向に向いて形成されているのが普通です。
流れの中に見る波立ちや白い泡立ちの全てが段差であるとは言えません。「自然の敷石」の中に大きな石や岩が挟まり、その場所が波立ちや白い泡立ちになっている事も多くあるからです。
流れの中の段差が一つの石や岩で形成されていることは多く無く、ほとんどの場合で、似通った大きさの石や岩が幾つか川底に横たわり、その間や上流側に他の石や岩が挟まって段差を形成しています。それらの石や岩は「自然の敷石」の石や岩よりも大きいのが普通で、幾つかの段差が、ある程度の距離続いている事も多くあります。
段差は、その高さも人工的な段差より低く、全くの水平であることもありません。流れる水は、それらの段差を乗り越え、或いは段差の間を通って下流に向かいます。でも、段差の方向は必ずしも一定ではないので、水の流れは、それぞれの場所ごとに微妙にその方向を変えて下流に流れ、横にも斜めにも流れています。その結果、強い流れが幾筋かに分かれて、それぞれにその方向が少し異なる事も珍しくありません。
このような様相は、早い流れの中から幾つもの石や岩が頭を出している「荒瀬」で多く見る事が出来ます。荒瀬で見る石や岩は、「自然の敷石」の石や岩に比べて大きいだけでなく角もあまり取れていないことも多くあり、流れの中で頭を出している石や岩であるほどその傾向が強くあるようです。
このように、自然の石や岩によって形成された段差の構造を、私は「自然の石組」と呼ぶことにしました。「自然の石組」は「自然の敷石」に比べて石や岩が大きく、明らかな段差がある状況を言います。「自然の石組」の構造は、山道に設置された石段やお城の石垣に似通っているようです。
流れの中の段差は一段限りであり、石垣のように同じ場所から上に向かって石や岩が幾つも重なっている事はありませんが、「自然の敷石」の場合よりも大きな傾斜を形成しています。段差が重なる時には石段のようにそれぞれがずれています。石垣に似かよっていると考えるのは、段差を形成している石や岩の大きさが「自然の敷石」よりも大きく、それらの石や岩が同じような大きさであることが多いからです。
お城の石垣に限らず多くの石垣の場合で、それらを形成している石や岩は比較的似通った大きさであることが多く見られます。 「自然の石組」の場合では、「自然の敷石」よりも多くの土砂の流下移動を妨げています。段差の上流側は下流側よりも川底の位置が高くなっているので、段差は、「自然の敷石」よりも多くの土砂を堰き止めていると言えます。
「自然の敷石」や「自然の石組」を形成している石や岩の多くは、ただ並んでいるのではなく、水流の力によって組み合わされていると考えられます。ですから、水の流れの中にあっても容易に破壊されないのです。
例えば、石や岩が多くある場所で、透明な流れの底の石を一つ取り出そうとしても、容易に動かすことが出来なかった経験がある人もいる事でしょう。このような事情は「自然の敷石」だけでなく、「自然の石組」の場合でも同じです。
「自然の石組」は「自然の敷石」の一つの形態であると考えています。ですから、形成された「自然の石組」も特別に規模の大きな増水や、それぞれの構造を流下させるほどの規模の増水があれば破壊されてしまいます。
「自然の敷石」や「自然の石組」による傾斜や段差が形成されているのは、流れの中だけではありません。岸辺にもそれらが形成されていることが多くあります。水流から河川敷に至る場所で、似かよった大きさの石や岩や大小の大きさの石や岩が不規則に混じり、岸辺の傾斜や段差を維持していることは、上流や中流でよく見る光景です。また、上流ではそれらの傾斜が大きくて山裾まで続いている事もあります。
岸辺ではそれら「自然の敷石」や「自然の石組」を形成しているのが、それぞれの場所にある大きな石や岩である事も多くあり、また、河川敷でそれらの状況を見る事もあります。
全ての上流や中流に、似かよった大きさの石や岩による「自然の敷石」や「自然の石組」が形成されている訳ではありません。それらの場所より上流に至るほどに、より大きな石や岩が多く入り混じるようになり、やがては様々な大きさの石や岩ばかりになることが多いのです。でも、それらの石や岩のほとんどは、普通の規模の増水があったとしても、その場所から容易に流下して行かない大きさなのです。ですから、それらもまた、「自然の石組」の一つの形態だと考える事が出来ます。