「なぜ、上流の水の流れは透明なのか」
―河川上流中流の土砂流下と堆積の規則性を考える―
第3章「水の流れが透明な理由」と上流中流の治水的機能(2/4)−第1節(2/2)
第1節 「自然の敷石」と「自然の石組」(2/2)
「自然の敷石」と「自然の石組」と水流の傾斜
「自然の敷石」と「自然の石組」はそれぞれの場所の小地形だけでなく、河川全体の地形に対しても大きな効果を及ぼしています。河川のそれぞれの場所の標高を、下流から上流まで一つの曲線で表わした図形があります。その図形では、中流から上流のそれぞれの場所の標高が上流に至るほど急激に高くなっています。その状況をそれぞれの場所で実際に実現しているのが「自然の敷石」と「自然の石組」です。
「自然の敷石」の場合では流れに沿ってある程度の面積を占めている事が多いので、上流側ほど標高が高くなる水流の傾斜を維持していると言えます。
「自然の石組」の場合では、「自然の敷石」よりもさらにその効果が大きいのです。上流や中流の波立ちや白い泡立ちの底には石や岩があり、その真下や上流側には多くの土砂が堰き止められています。
上流に至るほど絶対的な意味での大きな石や岩の数が増え、上流になるほど「自然の石組」の数が増えその段差も大きいので、上流ほど流れの傾斜が急激なものになっています。つまり、上流部ほど多くの土砂が堰き止められています。「自然の石組」も「自然の敷石」も容易には破壊されません。ですから、河川上流と中流の傾斜も容易に変化することなく、同じ傾斜が長期間に亘り保たれています。
ひとつひとつの石や岩がそれほど大きくなくても、それらが無数の傾斜や段差を形成していることを考えれば、「自然の敷石」と「自然の石組」がせき止めている土砂の量は膨大であり、その効果も絶大であると言えます。
「自然の石組」も「自然の敷石」も上流ほど石や岩の大きさが大きくなる規則性のもとで形成されています。ですから、上流ほど荒瀬が多く中流ほど平瀬が多い渓相が見られるのです。ただし、過去の土石流や土砂崩れや支流や沢の存在によって、石や岩の大きさの変化の仕方は一様ではありませんから、「自然の石組」と「自然の敷石」の在り方も、それぞれの河川ごと、それぞれの場所ごとに異なっています。
河川の上流や中流を取り囲む山々の傾斜を維持しているのは、斜面に生えた木々や草々です。それらが無ければ、小さな土砂が多い表面で成り立っている事が多い山々はたちまちにして浸食され崩壊してしまいます。そして、木々や草々が生育できない高地や急斜面を覆っているのは、石や岩やそそり立つ岸壁です。
つまり、常に水流による強い浸食作用が生じている上流や中流では、木々や草々の替わりに最初から石や岩がその傾斜を維持していると考えることができます。
「透明な流れ」と「自然の敷石」「自然の石組」
「自然の敷石」と「自然の石組」は、河川上流中流の川底に堆積した土砂が短期間の内に流下して行くことを防ぎ、長い時間が経過した後に流下していく状況を作り出しています。これは、「自然の敷石」と「自然の石組」が容易に破壊されないことによります。
第1章で、流下する土砂が途中で堆積する理由を三つ記述しましたが、この「自然の敷石」と「自然の石組」現象も理由の一つとして付け加える必要があります。そして、この現象は、水流が常にある場所であっても、川底の石や岩だけでなくその真下にある小さな土砂も含む大量の土砂の流下を押し止めていますから、水流による濁りの発生も最小限にとどめていると言えます。
河川上流中流の普段の流れが透明である事の最大の理由は、「自然の敷石」「自然の石組」が形成される事にあります。そして、特別規模が大きな増水の時に大量の土砂が流下して濁りが増大する事も、特別規模が大きな増水の後でいったん透明になった流れでも、中小の規模の増水によって濁りが再び発生する事も、全て「自然の敷石」と「自然の石組」の仕組みがある事によって成立している現象だと考えています。また、上流中流の流れが透明であっても、重機が横断すればたちまちにして茶色の濁りが発生するのは、「自然の敷石」と「自然の石組」が破壊されるからです。
そして、第2章で記述した「淵」が次第に深くなっていく理由も、「自然の敷石」と「自然の石組」が上流側に形成されるからだと考えられます。つまり、絶対的な意味で石や岩が大きい上流側ほど傾斜が大きいので砂や砂利など小さな土砂を流下させ易く、同時に「自然の敷石」と「自然の石組」も形成し易いので、中小の規模の増水によって、上流側ほど小さな土砂が早期に流下してしまうと考えられます。
特別規模が大きな増水の後で長い年月を掛けて少しずつ透明な流れの状態が多くなってくるのは、それらの期間の間に「自然の敷石」と「自然の石組」が次第に形成され、また、幾度も形成され直しているからだと考えられます。「自然の敷石」と「自然の石組」が形成された場所では、土砂崩れなどによって小さな土砂や濁りが上流から流れてきた場合であっても、それらをその場所に止めること無く、より下流に流下させてしまいます。
ですから、「自然の敷石」と「自然の石組」が形成された流れでは降雨によって濁りが生じても濁りが早く解消し、上流側ほど濁りの解消が早くなっています。また、降雨による増水で本流の水の流れが茶色に濁っている時に、流れ込む小さな支流や沢の水が増大していても、透明なままである現象を見る事もあります。
「自然の敷石」と「自然の石組」は、上流中流のそれぞれの場所に大きくて容易に流下して行かない石や岩が数多くある事によって成り立っています。もしも、石や岩を始めとする様々な大きさの土砂が全く不規則な状態のままで散乱し続けたり、容易に流下して行かない石や岩が無い状況が続いたならば「自然の敷石」と「自然の石組」は形成されません。その時には、容易に流下して行かない大きさの石や岩が水流の底に多く出現するまで、それらより小さな土砂の流下が続きます。そして、時には川底の甚だしい浸食や洗掘が発生します。
石や岩による敷石と段差は、幾度もの水量の変化とそれぞれの石や岩の移動を経て、石と石、岩と岩とによって自然に組み合わされて形成されたのであり、通常の増水時の水流に耐えることの出来る構造になっています。
「自然の敷石」と「自然の石組」は、幾つもの地理的、気象的、水理的、土木的要素や条件が重なり合う事によって、発生している現象です。ですから、それらの何れかが欠ければこの現象は成立しません。
「自然の石組」と「自然の敷石」が形成されない流れ
石や岩が多い河川上流中流では、多くの場合で「自然の石組」と「自然の敷石」が自然に形成されると考えられますが、それらが形成されない場所もあります。
水流の底にあるのが岩盤である流れでは、「自然の石組」と「自然の敷石」はほとんど形成されません。それは川底がコンクリートで覆われた流れの場合でも同じです。上流から土砂が流下してきても、岩盤があるためにそれらの土砂がその場所にとどまり続けるのが出来ないのです。
川底が岩盤である流れでは、コンクリートの川底の場合と異なり幾つもの凹凸があり、岩盤が途切れる場所もあるので、石や岩が全く堆積しないとは言えないのですが、それらの土砂も少し大きな増水があれば流れ下ってしまう事が多いのです。
多くの場合で、岩盤がある場所は、その水流の特定の区域に限られているようです。また、そのような地形があるのは河川の上流部に多いようでもあります。
川底が岩盤である地形がどのようにして形成されるかは、それぞれの場所によって異なっている事でしょう。でも、河川があるほとんどの山地の地表面の組成が様々な大きさの土砂であること、及び岩盤の地形が上流部にあることが多いことから推測すれば、川底が岩盤である地形は過度の土砂流下或いは侵食の結果ではないかと考えています。
と言うのも、かつては流れの底に多くの石や岩があり「自然の敷石」と「自然の石組」が形成されていた水流の上流側に大きな砂防堰堤が建設されたために、堰堤の直下から多くの土砂が流下して、その底から岩盤が出現した例を確認しているのです。
川底が岩盤であり、その岸辺にも岸壁が多い水流では、急激な増水が発生し易い事が知られています。そのような河川では、釣り人や登山者の遭難が時折発生しています。
渓相と「自然の敷石」と「自然の石組」
渓流の釣り人の間では「渓相」と呼ばれる言葉が使われることがあります。この言葉は、渓流の有様とか渓流の状況を説明する場合に使われることが多いのです。たとえば、「あの川も大雨で随分水が出たけど、渓相はほとんど変わらなかったよ。」とか、「この前の台風で渓相が全く変わってしまった。」とか言ったりします。
ですから、「渓相」と言う言葉は、「人相」という言葉の場合と同様に、渓流を形成している「淵」や「瀬」などの小地形の状況を表しているようです。
上の例での「大雨で随分水が出たけど、渓相はほとんど変わらなかったよ。」の意味は、増水があったけれど、淵や瀬は増水の後でも変わりは無かったと言うことであり、「自然の敷石」と「自然の石組」は増水の後でも変化がほとんど無かったと言う意味を持つと思います。
「淵」や「瀬」など渓流の小地形をさらに幾つかに区分している事を先に記述しました。それらの区別をした時に重要な指標とでも言うべきものがあります。
それは、石や岩の大きさとその量です。「淵」「荒瀬」「早瀬」「平瀬」「ザラ瀬」の順に、それぞれの場所ごとにある大きな石や岩の大きさが、大きい状態から小さい状態に変化しています。また、それぞれの場所での大きな石や岩の量も次第に少なくなっています。
段差の多い流れや、早い流れの川底や岸辺にあるのは大きな石や岩であることが多く、流れが穏やかな場所の石や岩は小さいのが普通です。
「淵」や「荒瀬」は上流部ほど出現頻度が高く、「平瀬」や「ザラ瀬」は下流に近づくほど多く見る事が出来ます。渓流では上流ほど大小様々な「淵」が数多く存在し、「平瀬」や「ザラ瀬」の少ない渓相になっています。
これらのことは、石や岩の大きさや量によって渓相が決まることを示しています。そして、その場所にとどまり続ける石や岩の大きさは、その場所の水量と傾斜によって定まりますから、それぞれの場所の渓相はその場所の水量と傾斜と流下して来る石や岩によって定まると言って良いのかも知れません。実際、「瀬」においては、石や岩の大きさの変化だけでなく、「荒瀬」「早瀬」「平瀬」「ザラ瀬」の順にその場所の傾斜が穏やかになっていきます。
渓流では水の流れの幅も様々です。広がった場所もあれば狭くなった場所もあります。流れの浅い場所もあれば深い場所もあります。早く流れる場所が多くありますが、ゆっくり流れる場所もあります。川底の横断面も全体としてはU字型をしていますが、中央が最も深い場所ばかりではありません。
このように様々な様相を見せる渓流は、土砂を流下させる力が強く、常に流下し続けている水流があるのにも拘らず、その様相を変える事は多くありません。
特別規模が大きな増水によって「淵」や「瀬」の様相が変わってしまった後でも、「淵」の多くは、月日の経過と共に以前と同じ場所に同じように復活します。特別規模が大きな増水では変化してしまう事がある「瀬」は、通常の増水の度にも少しずつその姿を変えていきますが、「荒瀬」や「早瀬」や「平瀬」が短期間に入れ替わる事はありません。
それらが月日を経過してもその様相を容易に変えないことは、「淵」が特別大きな石や岩によって形成され、「瀬」の多くが「自然の敷石」と「自然の石組」によって形成されているからです。「瀬」の場合では、それらの小地形自体が「自然の敷石」と「自然の石組」そのものであったりもします。
そして、「淵」や「瀬」の仕組みや「自然の敷石」と「自然の石組」の仕組みは、上流や中流では何処にでも発生しているごく普通の自然現象であるのです。
上流や中流に「淵」や「瀬」などの小地形があるのは、当たり前の自然現象ですが、その実際の様相は河川それぞれによって異なっています。その違いは、それぞれの小地形ごとにそれを形成している自然条件や過去の経過が様々に異なっているからにほかありません。ですから、多くの渓流の渓相が異なっているのも全くの必然であると考えられます。
日本の渓流の様相が、それぞれの河川ごとそれぞれの場所ごとに異なり様々な様相を見せているのは、日本の自然の多様性を物語っていることでもあるのでしょう。