「なぜ、上流の水の流れは透明なのか」
―河川上流中流の土砂流下と堆積の規則性を考える―
第4章「砂防堰堤」(4/4)-第4節
第4節「砂防堰堤」の改良
「砂防堰堤」の問題点
現在ある間違えた砂防堰堤を改良し、堰堤の上流側にも下流側にも自然の土砂流下を実現するためには、前述した三つの事柄を解決する必要があると考えます。
第一に、その構造が高過ぎない事。第二に、上端が水平でない事。第三に、耐用年数を経過しても大きな問題が発生することなく崩壊する事。
これらは、既に建設してしまった砂防堰堤を改良する場合に必ず考慮しなければならない事柄だと考えています。言い換えると、砂防堰堤を建設しても、それが土砂流下の規則性を妨げない形状である事が求められているのです。
改良型砂防堰堤の場合
前述した従来型の砂防堰堤に代わって、新たな砂防堰堤も建設されるようになりました。
堰堤の本体にスリットを設置している砂防堰堤は、上端が水平な堰堤より優れていると考えています。上記の三つの事柄をある程度満たしていると考えられます。
第一に、通常の水流はスリット部から流下して行きますから、通常の土砂流下や小規模な土砂流下では、土砂が上流側に堆積することが無い。
第二に、通常の水流はスリット部から流下して行きますから、仮に上流部に土砂が堆積したとしても、水流の横断方向に平坦な河川敷が形成される可能性が少ない。
第三に、耐用年数が経過した時に上流側に土砂が堆積していたとしても、水流や土砂の多くはスリット部から少しずつ流下して行く事が考えられるので、堰堤の崩壊もその部分から始まる可能性が大きい。つまり、短期間で全てが崩壊する可能性は少ないと考えられます。
また、スリットを下端にまで拡大してその幅も広げ、そこに鋼鉄製で立体的に柵を設置した砂防堰堤は、ただスリットだけの場合よりも優れている事が考えられます。私が観察したそれらの砂防堰堤の数は限られていますが、明らかに土石流の流下を押し止めたと考えられる堰堤がありました。その堰堤の柵の一部には一抱えほどの岩が幾つか堰き止められ、また、流木が押し止められた場所に、石や岩が止められている箇所もありました。
その砂防堰堤で重要な事は、発生した土石流の全てを押し止めたのではなかった事です。鋼鉄製の柵にはまだ多くの空間が空いていました。それでも、それらが土石流の痕だと判断したのは、堰堤の上流側に幾つかの岩がとどまり、下流側には新たに流下したと考えられる、石や岩が幾つか堆積していたからです。その砂防堰堤はその河川の最上流部で、傾斜は激しいものの普段の水量は少なく、規模が大きな増水があったとしても、大きな石や岩を積み上げるほどに水量が増大する事は考えられませんでした。
つまり、その砂防堰堤は、土石流が発生した時に流下して来た石や岩や土砂の勢いを減じて、より下流側に拡大することを防いだと考えられます。その砂防堰堤は流下してきた土砂の中の大きな石や岩の一部を押し止め、多くの石や岩や小さな土砂の大部分を流下させていたのであり、土砂流下の規則性を妨げる事無く、土石流の拡大を防いだと考えられます。
スリット型の砂防堰堤と、鋼鉄製の柵を設置した砂防堰堤のいずれの場合でも、スリットの幅や柵の間隔が重要な意味を持つと考えられます。
改良型の砂防堰堤の利点を記述しましたが、それらの砂防堰堤であっても、耐用年数の問題は解決出来ていない事にも留意する必要があるでしょう。
既にある「砂防堰堤」の改良
上端が水平な砂防堰堤をスリット型の砂防堰堤に改良すれば問題が解決するかと言うと、そうでもないのです。従来多く設置されて来たスリット型の堰堤では、スリット部の幅が狭く、いずれの堰堤でもほぼ同じであるように見えます。つまり、何のためにスリットを設置するのかが理解できていないようです。意味も無く真似をしているだけかもしれません。
スリットの幅が重要です。堰堤の上流側の流れも下流側の流れでも、水中や河川敷にある大きな石や岩の大きさを同じようにする事を前提にしてスリットの幅を設定する必要があります。つまり、上流側でも下流側でも同じような大きさの石や岩による「自然の敷石」や「自然の石組」を形成させなければなりません。
ですから、スリットの幅はそれぞれの河川ごと、それぞれの場所ごとに変更する必要があるのです。
このことはそれほど難しいことではありません。第1章で述べたように、河川を流下し堆積しているそれぞれの石や岩は、その大きさの変化の仕方に連続性があるのです。上流側や下流側にある石や岩を観察して、連続性を離れて大きい石や岩では無く、連続性の内にある大きな石や岩が通過できる幅にスリットを設定すれば良いと考えられます。
スリットについてもう一つ考えなければならない事もあります。現在見ることが出来るスリット型の砂防堰堤では、スリットの幅が一定で堰堤の上端まで続いています。これも問題です。
上述のようにスリットの幅を適切に設定したとしても、そのスリットが塞がれてしまう可能性があります。増水には流木が付き物です。或いは、石や岩がスリットに集中してアーチ状に重なる可能性もあります。或いは、土石流が発生してスリットの幅よりも大きな石や岩がスリットを塞ぐかもしれません。
このようにスリットが塞がれた場合では、土砂はスリット部から流下することがなくなり、堰堤の上端に達するまで堆積することでしょう。そのような状況では、スリットに挟まった石や岩の間から水だけが流れ出すばかりで、堰堤上の土砂を流下させることが無くなる可能性が大きいのではないでしょうか。
これでは、スリットがある堰堤でも、上端が水平な通常の砂防堰堤と同じになってしまいます。
でも、このような事態に対する対処法は簡単です。スリットの幅を一定にして上端にまで続けないで、途中から上部ほど幅が広くなるV字型にすれば良いと考えられます。仮にスリット部に流木や石が詰まったとしても、広がった箇所からは詰まりが生じなくなります。流木も大きな石や岩も流下して行くことでしょう。
既に建設されているスリット型砂防堰堤の場合ではこれらの改良で堰堤の機能を向上させることが可能ではないでしょうか。
既に大量の土砂を堆積させている、上端が水平な砂防堰堤を改良する場合では、最初からV字型の切り込みを入れるべきだと考えられます。また、水量が多い河川では、V字型の底辺を少し広げた形にしたほうが良いかも知れません。但し、一気に大きな切り込みを設置するのでは無く、年月をかけて少しずつその深さを深くしたほうが良いと考えます。
と言うのも、いちどきに大きな切り込みを設置したのでは、上流側に堆積した大量の土砂がたちまちにして流下してしまいます。不本意な結果を生じさせている堆積土砂であっても少量ずつ流下させる必要があります。
上端が水平な砂防堰堤の中央部付近に小さな切り込みを作れば、それまでは定かでは無かった流心が切り込みの上流側に形成されます。平水時でも増水時でも他より強い流れが生じますから、その流れの場所からは多くの土砂が流下するようになり、流心の底には、それまでより大きな石や岩による「自然の敷石」と「自然の石組」が次第に形成されるようになります。
これにより、際限のない土砂流下も少しづつ改善され始めるのではないでしょうか。
切り込み箇所から多くの石や岩が流下しますから、堰堤上端部のその箇所は他よりも早く浸食されて自然に切り込みが深くなることも予想されます。もちろん、それよりも早く人工的に切り込みを大きくする方法もあります。その後、切り込み箇所を中心にして、より大きな石や岩による「自然の敷石」と「自然の石組」が形成されて次第にその範囲を拡大すると考えられます。
上端部が長く水量が多い堰堤では、V字型の切り込みを2箇所にして高さを変えて設置する方法も考えられます。堰堤を流下する水流が1箇所に集中するよりも、高さの異なる2箇所に分散した方が「自然の敷石」と「自然の石組」を形成し易い事が考えられるからです。
これらの改良工事によって、上端が水平な砂防堰堤に堆積した小さな土砂は次第に流下して行き、V字型の下端が元の川床に近づく頃には、以前の「自然の敷石」と「自然の石組」も回復して来るでしょう。もちろん、堰堤の下流側の状況も改善されるはずです。
失われた自然の治水的状況と自然環境を回復させる方法として参考にして頂けることが幾つかあるのではないでしょうか。既にある堰堤を改良するやり方は、いずれも容易な方法だと考えられますから、その手法に少しでも可能性が認められるのではあれば、早々に試みる価値があるのではないかと思います。
「砂防堰堤」と山地山林
この「第4節「砂防堰堤」の改良」では、既に建設されてしまった堰堤の改良方法について記述しました。その記述の主旨は、建設してしまった堰堤は不適切であるので、それらを改良すべきであると言うのであり、改良した方法による堰堤を新たに建設することを勧めているのではありません。
前述の改良方法では、降雨による自然の土砂流下を妨げるべきでは無い事を記述しています。つまり、私は、自然の増水によって生じる自然の土砂の流下を押し止める砂防堰堤は不要であることを主張しているのです。
そして、土砂崩れや土石流による土砂の流下であっても、それらを押し止める砂防堰堤もその多くが不要であることも主張します。それは、上端が水平な砂防堰堤より優れているスリット型や柵型の砂防堰堤の場合でも同じです。
上流や中流の土砂崩れや土石流は自然の摂理です。高い位置にある土砂が低い位置へと移動すること、言い換えると、山地の土砂が崩壊し落下し流下して山地が次第に平坦化していく事は、太陽が東から昇り西へ沈む事と同じように、全く当たり前の自然な出来事です。実際、世界各地の山地の様々な形状と様相は、それらの自然の営みが極めて長い年月の期間中継続して発生している事を示しています。
仮に、山地の斜面から全く土砂が落下しない状況を人為的に作り出したと仮定してみます。そうなったとしても、谷間を流れる河川は土砂を流下させ続けますから、長い期間の間には谷間は次第に深くなります。深く侵食された山々の裾は急峻になり、やがては、山裾に土砂崩れや土石流を発生させることでしょう。
つまり、土砂崩れや土石流は、山地に雨が降る限り続く、逃れる事の出来ない現象であり、同時に、谷間や平野や海岸に土砂を供給するための必然であり、必要不可欠な現象でもあるのです。土砂崩れや土石流が無ければ山地の河川は過度に侵食されてしまいます。その結果、より大きな規模の土砂崩れや土石流が発生します。
山地が雨水によって侵食されることも、土砂崩れや土石流が大量の土砂を生じさせる事も、河川が土砂を流下させる事も、全く当たり前の出来事に過ぎません。全く天然の山地や森林であっても、それらの現象は発生していたのであり、それらの自然の摂理が有史以前より絶えること無く続いて来たから、上流や中流に石や岩が多い現在があり、平野部や海岸に多くの恵みがもたらされ続けていたのです。
今では、人里離れた山地の奥にも、そのまた奥にも砂防堰堤が建設されています。それらは全く不要で、治水と自然に害を与えるものでしかありません。
それでは、土砂崩れや土石流に対して全く対策を取る必要が無いのかと言うと、そうではありません。現在の日本では、不必要な或いは過大な土砂崩れや土石流が多く発生しています。
例えば、立派な木々が育っていても、その地面には草も低木も無く、土がむき出しになっていたり、地中にあるはずの木々の根が露出している人工林を見る事は珍しくありません。それらの林からは、僅かな雨であっても土砂が流れ出しています。そのような場所は、土砂崩れや土石流がいつ発生してもおかしくは無いのです。
また、木々の過度の伐採によって土砂崩れが発生した斜面を見たり、間違えた林道の建設によって大規模な土砂崩れと土石流が発生した状況をTVの画面に見たこともありました。
これらは全て、河川の問題では無く山地や山林の問題です。山地や山林の問題を河川で解決することは出来ません。
問題は、頻繁な土砂崩れや過度の土石流を、河川によっていかに防ぐかにあるのでは無く、不必要な或いは過大なそれらを、山地や山林において防ぐことにあるのではないでしょうか。
土砂崩れや土石流を防ぐために、河川にいくら砂防堰堤を建設しても意味はありません。多大な費用を費やして自然の摂理に反する建設を行う必要はありません。かえって不都合を生じさせるだけです。問題の核心は、山地や山林の育成と保護と管理を充実させることにあると考えています。
植林地の下草刈りや枝打ちや間伐をすすめると共に、過度の皆伐を止めることです。尾根も沢も急斜面も同一の樹種にすることなく、多様な人工林を育成し、自然の天然林を保護し充実させることです。また、増えすぎた鹿による食害も防ぐ必要もあるでしょう。そして、沢の改良工事や林道造成でも、それらの内の間違いを正すことです。
それら、山地や山林の育成保護管理に要する費用は、渓流に砂防堰堤を建設するよりもはるかに少ない金額で済む事でしょう。しかも、砂防堰堤の建設の場合では費用の内のかなりの部分は都市部に流れますが、山地や山林の育成保護管理では、費用の多くが山間地の人々の手元に残るのではないでしょうか。この方法は、山間地の振興のためにも有効な予算の使用方法だと考えられます。
土砂崩れや土石流を防ぐ砂防堰堤に意味があるとしたら、人里近くにある堰堤であり、直接的に人々やその財産を脅かすそれら自然の災害を、未然に防止することが出来る場合に限られると思います。でも、実際には、その役割に適合した砂防堰堤がほとんど無い事は、既に記述したとおりです。
何時何処でどれほどの規模で発生するか分からない土石流や土砂崩れに対して多額の費用をかけて砂防堰堤を建設するのは、費用対効果を無視した誤った考え方です。さらに、実際の砂防堰堤が治水にかえって困難な状況をもたらしている現実も正確に認識するべきです。
砂防堰堤によって災害を防ぐ考え方は既に時代遅れとなりつつあります。
山地の集落が川べりでは無く、山の中腹にある風景は日本中で見られるのではないでしょうか。それらの集落の幾つかには、洪水や土砂崩れや土石流を逃れて、元は川のすぐ近くにあった場所から安全な山腹に移転した、との言い伝えが残っていることがあります。
自然の摂理による災害を避けるのは、人間として当たり前の行動です。幸いにして、日本国の人口は、これから当分の間、減少し続ける事が確定しています。より安全な場所に移動して暮らすことは、今までよりもずっと容易になると考えられます。
様々な「砂防堰堤」のそれぞれの状況
上述した、上流側に大量の小さな土砂を堆積させた砂防堰堤や、砂防堰堤下流側の川床から流下し続ける土砂の状況は、それぞれに異なっています。それは、河川や河川敷のそれぞれごとにその景色、様相が異なっていることと同じです。
河川では水流が常に流下し続け、それに伴って様々な土砂も常に流下しています。私たちが上流や中流で見る河川の様々な状況は、常に変化を続けている河川の一時的な光景に過ぎません。今までも変化して来たのであり、これからも変化し続けます。
現実の河川上流中流の有様を観察した時に、私の記述と異なっている事柄に出会う事が有るかもしれません。でも、そこには何らかの理由があるはずです。そして、その理由のほとんどは、上流中流の土砂流下の規則性やそれぞれ個別の状況を観察して考えれば解明出来るのではないかと考えています。
何よりも重要なことは、実際の状況をより深く観察することだと思います。