「なぜ、上流の水の流れは透明なのか」
―河川上流中流の土砂流下と堆積の規則性を考える―
第2章 「淵」の形成と土砂との関係(1/2)−第1節
2024/05/25
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一部訂正
第1節 なぜ「淵」が出来るのか
上流や中流の土砂流下と堆積について考え始めたきっかけ
私が、上流中流の土砂流下と堆積の事を考えるようになったのは、「淵」の問題に取り組んだからでした。
幼少の頃より魚釣りが好きな私でしたが、河川上流に棲息する「アマゴ」「ヤマメ」「イワナ」等を対象にする渓流釣りを始めたのは成人してからの事です。
渓流釣りは、多くの人が考えている釣りの形態とは少し異なっています。釣りと言えば、水辺の特定の箇所に陣取って水面に向かって竿を差し出す印象があることでしょう。でも、渓流釣りの場合では特定の箇所に留まることは少なく、上流に向かって釣り場を常に移動する事が多いのです。
これは、対象とする魚の数が元々少なく流れのどこにでもいる訳ではない事と。渓流では、水流が透明である上にいずれの魚も警戒心が強い魚なので、一度竿を出した場所では容易に釣れなくなってしまうことなどが理由になっていると考えられます。
そんな訳で、渓流釣りでは、各地の河川の上流を巡り歩いて魚を求めるのですが、そのうちに私はある疑問を持つようになりました。
何処の渓流に行っても淵があり瀬があるのです。山の姿も、石や岩の大きさも形も、水量も水の勢いも、周囲を覆う草や木々も、河川敷と水流の様子もそれぞれの渓流ごとに全て異なっています。同じ様相を持った渓流は二つとないのです。それなのに、全ての上流に「淵」があり「瀬」があるのです。
特に「淵」が問題でした。「瀬」は何処にでもありますが、「淵」は「瀬」ほどには多くはありません。また、「淵」が多くある流れもあれば、少ない流れもあるのです。しかも、それらの「淵」は、その形状もその大きさもそれぞれの「淵」ごとに異なっています。他と同じ大きさ同じ姿の淵はどこにもありません。それに、下流に近い場所では屈曲部に限って岸壁に出来る淵があり、それらよりずっと上流側では屈曲部でなくても淵が形成されています。これも謎でした。そして、「淵」は釣り人が必ず竿を出す重要な場所でもあるのです。
私は考えました、どうして淵が出来るのか。様々に状況が異なる流れの中でも同じように淵が出来るのには、淵が出来るための何らかの条件があるのに違いない。淵が出来るための何らかの共通した規則性或いは法則があるのに違いないと。
私は、最初に釣りの先輩にそれを聞きましたが、答えを得ることは出来ませんでした。私は調べてみました。図書館や書店でその疑問に答えてくれそうな本を探し出して読みましたが、それまでの経験や観察から考えて、納得のいく答えを示す書籍はありませんでした。
仕方なしに、私は決めたのです。この問題は、私自身で解明するしかないのだと。それからの私は、各地の渓流を巡る度に、どこかに問題解決のカギがあるのではないかと、魚を釣るだけではなく、渓流の様々な様子を観察することになりました。時折は、気になる光景を写真に撮ったりもしました。
でも、この問題を解決するためには、思っても見なかったほど長い年月を要することになりました。そして、淵の問題を解決するために、河川上流中流の土砂流下と堆積の問題全体に取り組まなければならなかったのです。
「淵」は、「特別大きな石や岩」がある場所に出来る
上流や中流にある大きな石や普通の大きさの石や岩は、特別規模が大きな増水があれば水流によって移動してしまいます。しかし、土石流や土砂崩れによって生じた特別大きな石や岩は、特別規模が大きな増水があっても同じ場所にあり続ける事が多いのです。
そのように、岸辺や水中に特別大きな石や岩がある場所に「淵」は出来ます。また、石や岩でなくても大きな倒木や流木が止まっている場所に淵が形成されることもあります。 淵を形成するおおもとの現象は、特別大きな石や岩などが、その周囲に強い水流を発生させて、周囲にあるその他の土砂をより多く流下させる現象であると考えています。
特別大きな石や岩でなくても、石や岩の大きさが大きい程その周囲の土砂を流下させる力が強くなり、その近くにある土砂は小さいほど流下し易いのです。大きな石や岩の大きさとその周囲の土砂の大きさの差が大きい程その力が強くなり、その水流が強い程周囲の土砂を流下させる力は強くなると考えられます。ですから、増水時ほどその力が強いと考えられるのです。
これらのことは、実際に渓流を観察すれば納得できると思います。淵ではない場所であっても、流れの中や岸辺の石や岩が大きいほどその周囲が深くなっています。逆に、浅い水流の川底や岸辺にあるのは小さな石や岩や砂利や砂であることが多いのです。
つまり、水流の障害となるような硬くて特別大きな物は全て淵を形成する要素となる事が出来ます。特別大きな石や岩が無くても、大きな石や岩が数多く密集している場所でも淵を形成することがあります。これは密集した幾つもの石や岩が特別大きな石や岩と同じような働きをするからだと考えられます。
河川上流や中流では、強い水流が発生する場所の川底が深く侵食されています。ですから、特別大きな石や岩が無い場所であっても強い水流が発生する場所は深くなっています。例をあげると、水量が多い支流との合流点では、乱れた強い水流が発生するので他の場所より深い淵になっている事も珍しくはないのです。
大きいけれど特別大きな石や岩とは言えない石や岩のある場所が、深くなっている事もあります。でも、その場合では深くなっている場所が狭く、規模の大きな増水があればその場所が無くなってしまう事も多いのです。
大きな石や岩が周囲の土砂の流下を促進する現象は、水の流れる場所に大きさが異なる土砂があればどこにでも発生しています。上流にある岸辺の岸壁や、上流中流の岸辺に設置されたコンクリート護岸や石垣などの場合でも、同じ現象が発生しています。
また、海岸の砂浜で打ち上げた波が海へ戻って行く時に砂の上に立っていると、足元の砂が他の場所より強く流れて行くことは多くの人が経験していることです。この現象も同じ現象ではないかと考えています。この場合では足が大きな石や岩の役割を果たしているのではないでしょうか。
「淵」を形成する「特別大きな石や岩」の役割
それぞれの淵での特別大きな石や岩が果たしている機能はそれぞれの淵ごとで異なっています。
大石や大岩のすぐ前やその直ぐ横の水流は、乱れて速く流れるのでその場所が深くなり易いのです。また、大石や大岩が形成する水流の落差も深い場所を作ります。滝の流れが落ち込む滝壺はその例です。滝ほどの落差ではない場所でも水流が落ち込む場所は深くなっています。
さらには、大石や大岩の間を挟まって流れる強い水流が渦を作り、その渦が川底をえぐり水深を深くします。淵頭の流れ込みの左右に渦巻く流れを見ることは多いのです。
これらの現象は淵に限って発生しているのではなく、大きな石や岩がある場所では何処でも発生しているのですが、特別大きな石や岩がある場所では、この現象が甚だしいのです。多くの淵は、これらの現象が発生することによって形成されています。淵にある特別大きな石や岩は、ただ流れを強くするだけでなく、その周囲に乱れた複雑な流れを作り出しています。そして、多くの場合で、この乱れた強い流れが淵の形を作っています。
ですから、特別大きな石や岩は一つだけではなく近接する複数のそれを必要とすることが多いようです。特別大きな石や岩が単独であった場合でも、その場所が深くなることは間違いのないことですが、多くの淵の場合で特別大きな石や岩は近い範囲に幾つか集まっています。
単独の大きな石や岩の場合では、深い場所になったとしても淵と呼ばれるほどの形状や大きさになるとは限りません。もし、単独の石や岩が淵を形成しているとしたら、その石や岩が極めて巨大な場合に限られます。
淵を形成するためには、下流方向に流れる水流だけではなく、それに付随して流下方向以外に向かう乱れた強い流れも必要とします。つまり、「淵」は、特別大きな石や岩があり、また、そのような石や岩が幾つかあり、それらの石や岩によって、流下する水流と共に、乱れて流れる強い水流が発生する場所に出来ると考えられます。
上流では、流れに平行した岸壁の前の流れが深くなっている事をよく見ますが、それらの全てが淵になっているとは言えません。それに対して、流れに平行した岸壁の前に大きな石や岩がある場所や、水流が角度をもって岸壁に向かっている場所では、水流が乱れた強い流れを形成するので、深さを深くして流れの幅を広げ淵を形成しています。
岩壁の前であっても大きな石や岩が無い場所や、岸壁に全く平行に流れている場合では、水流が乱れる事が少なく、水流を深くしてもその幅を広げることは多くなく、淵と呼ばれるとは限りません。
複数の大石や大岩でなくても、岸辺の岸壁や岩盤などのように連続した大きな岩が、大きな凹凸のある複雑な形状をしている場合も淵を形成することが多くあります。
また、両岸が岸壁で川幅に比して水量が多い場所であれば、長く続く深い流れを形成することがあります。この場合、水量がそれほど多くなくても、その底に大きな石や岩があれば間違いなく「瀞場」(トロバ)と呼ばれる深い淵が続きます。宮崎県の「高千穂峡」はこの例だと考えられます。
河川上流の淵では、淵頭に特別大きな石や岩が幾つかあることが多く、大きな石や岩がある箇所の流れが速いのが普通です。淵の中ほどは深くて流れが遅く、淵尻に近づくに従って流れの中や周囲の石や岩の大きさは次第に小さくなり、淵尻では流れが浅くなっています。
もし、このような淵の途中にも大きな石や岩が幾つかあれば、その淵は長く続いた淵となり、この場合でも「瀞場」と呼ばれることになるでしょう。
「特別大きな石や岩」であることの意味
淵を形成する大きな石や岩はただ大きいだけではなく、特別規模が大きな増水であっても容易に移動しないだけの大きさが必要です。
特別大きな石や岩がある淵の淵頭では、通常の水量の時でも他よりも強い水流が発生していますが、その水流が最も強くなり大量の土砂を流下させるのは増水の時です。でも、注意しなければならないことがあります。
上流や中流では、通常の水量の時と増水時とで流心の場所や流れの幅が異なっている事も多いのです。淵の場合であってもこの状況が生じています。通常時の淵の原型は増水の時に形成されていますが、通常の水位の時の流れだけを見て、増水時の流れを判断することが間違いであることがあります。
淵を形成する特別大きな石や岩は、特別規模が大きな増水の時でもほとんど移動しません。増水時の強い水流の時でも移動しないから、その場所に決まって淵が形成されています。多くの河川で、淵は、常に同じ場所に出来ますから、多くの人に知られ、世代を超えて知られる事もあり、淵に名前が付けられていることも珍しくありません。大きな石や岩であっても増水の時に移動してしまうなら、その周囲をそれほど深くすることはなく、名前を付けられることもありません。
上流や中流では、流れの屈曲部に淵が形成されていることが多くあります。流れの屈曲部では、流れを妨げる山裾が岸壁になって水流を妨げています。そこでは水流が角度を持って岸壁に当たって、乱れた強い流れを生じている事が多いのです。 それらの岸壁は特別大きな石や岩に該当し、その形状には大小の凹凸があることも多く、複数の大岩や大石と同じ役割を果たしていると考えられます。また、それらの岸壁の入り口や底に大きな石や岩が沈んでいる事もあります。
上流部では、屈曲部ではない場所にも淵が多く形成されます。これは、上流であるほど土砂崩れや土石流が発生し易く、また、水量も多くないので増水時の水流でも移動しない特別大きな石や岩が多いことによります。
上流部では、独立した特別大きな石や岩が幾つか近接して淵を形成していますが、上流部であっても中流域に近い場所では、大きな石や岩に近接して岸壁があることで淵を形成している事も多いようです。
それらに対して、中流部で流れの屈曲部にしか淵を見ることがないのは、土石流や土砂崩れの発生が少なく特別大きな石や岩も少ないからであり、屈曲部の岸壁の大きさと同じ位に大きな石や岩がないからです。
ですから、淵が出来るためには、水量が多い場所ほど大きな石や岩が必要になります。
ここまでの記述を基に、淵が形成される条件をまとめてみます。
「淵」は、特別規模が大きな増水によってもほとんど移動しない石や岩又はそれに類する障害物が、水流の中やその岸辺にあり、それら単独の又は複数の石や岩や障害物によって、流下方向以外に流れる乱れた水流が強く発生している場所に形成されます。
これを簡単に言うと、「淵」は、水流に接して特別大きな石や岩があり、それらの石や岩が流下方向とは異なる乱れた水流を強く生じさせている場所に出来ます。
「淵」を維持する要素
特別大きな石や岩がある場所には他よりも強い水流が発生するので、その場所が深くなるのですが、それだけでは、淵が形成されるとは言い切れません。淵が深くなったとしても、その場所が深くあり続けなければ淵として認められることはありません。
上流中流では、増水がある度にいずれかの土砂が移動することが多く、砂や小砂利や砂利など小さな土砂ほど移動し易いのです。
水流の中に、一時的に深くなった場所が形成されたとしても、土砂が常に流下して来て堆積し続ける、或いは周囲や岸辺の土砂が常に崩れて落ち込む場所であったなら、淵と呼ばれるとは限りません。ただ、深い場所として認識されるに過ぎないでしょう。
つまり、淵になる場所が深くなったとしても、その深さを維持する構造が無ければ淵にはなりません。先に、小さな石や砂の場所は深いU字型の川底を維持できない事を説明しましたが、同じ事は淵の場合でも成り立ちます。特別大きな石や岩による深みの岸辺や川底の斜面に、石や岩がある場所が淵になります。
このことは、上流や中流で淵が形成されている場所であれば、どこでも問題なく実現されています。
しかし、特別大きな石や岩が深みを形成しても、その岸辺や川底の斜面が砂ばかりであり、或いは上流から常に砂が流下して来るようであれば、その場所は深さを維持できず淵と呼ばれる可能性が少なくなります。
昔は大きな淵であった中流部の淵などで、近年このような状況が発生していることが多くあります。それらの淵は深くなる可能性を持っていたとしても、周囲から石や岩が失われ、上流から小さな土砂が常に流下して来るので、小さな浅い淵に変わってしまったのです。
「淵」は、特別規模が大きな増水時には土砂で埋まります
特別大きな石や岩があり、乱れた水流が強く生じる場所に淵が形成されることを記述しましたが、実は、この説明は矛盾を生じさせます。
数年や数十年に一度くらいに上流中流で発生する特別規模が大きな増水の後では、全ての淵が土砂で埋まってしまいます。また、規模の大きな増水の時でも土砂によって埋まってしまうこともあります。特別規模が大きな増水や規模の大きな増水の後に残されるのは、流れて来た大量の土砂の堆積によって荒れてしまった瀬の流れであり、土砂で埋まってしまった淵なのです。
特別規模が大きな増水では、強い水流が発生するので、大量の水が多くの土砂を流下させます。このことから言えば、増水によって淵が土砂で埋まってしまう事は、上述した淵の形成の理由に反しています。
強い水流が発生するなら淵はより深くなるはずなのに、逆に土砂によって埋まってしまうのは理屈に合わない事です。
淵が形成される理由について、ここまでに三つの理由を挙げました。特別大きな石や岩がある事と、幾つかのそれらが乱れた水流を生じさせていること、そして淵の周囲の土砂の大きさと流入の問題です。でも、淵の形成には他にももう一つ重要な理由があります。上述三つの理由は淵が出来る場所の特性について述べています。もう一つの理由では、石や岩の多い上流中流自体の特性を考える必要があります。
淵が形成されるのには四つの段階があると考えています。
第一。水中や水流に面して特別大きな石や岩が幾つかあり、流下方向以外にも乱れた水流が発生する場所では、増水時に強い水流が発生するので多くの土砂が流下して行きその場所が深くなります。この現象は増水の規模が大きくなるほど強くなります。
第二。増水は、水量と水流の変化によって流下させる土砂の大きさと量を変えています。石や岩を流下させていた増水も減水時になれば、流下するのは小石や砂ばかりになっています。
第三。特別規模が大きな増水時に、強い水流によって深く広く掘れた淵では、減水時に水流が他より穏やかに流れるので、上流から流れて来ていた小石や砂が淵の底に沈殿して堆積します。
第四。特別規模が大きな増水の減水の期間に小さな土砂を多く堆積させた淵でも、通常発生する大小の増水時になれば、やはり強い水流が発生するので、堆積させていた小石や砂を徐々に排出します。小さな土砂を排出する増水が幾度も続き、やがて淵は深くなっていきます。
この四つの過程によって淵が形成されます。でも、四番目の過程には問題があります。
通常発生する大小の増水の際に、上流から淵に流入して来る土砂の量よりも淵から排出される土砂の量が多くなければ、淵が深くなる事はありません。つまり、流入量よりも多くの土砂を排出しなければならないのです。そんなことがあるのでしょうか。
実際、この過程は全く問題なく実現されています。だから、上流や中流に淵があるのです。通常の増水が発生する度に、淵の上流部からの小さな土砂の流下量は減少し続け、同時に淵からの小さな土砂の流出量はそれよりも少しだけ多くなっていると考えられます。
つまり、淵の上流部には、通常の増水の度に小さな土砂の流下量が減少している仕組みがあるのです。また、一つの河川に幾つもの淵があることを考えれば、増水の度に小さな土砂の流下量が減少する仕組みは、上流であるほど強く作用していることになります。
先述の第一章二節の項目「流下する土砂が途中で堆積する理由」で、増水によって土砂が流下するときでも、土砂の流下を押しとどめ、途中で堆積させる仕組みが三つあることを説明しました。実は、その時に説明できなかった、もう一つの仕組みがあります。そして、その仕組みこそが、上流であるほど砂や小砂利などの小さな土砂の流下を減少させている仕組みです。そして、その仕組みは、「上流の水の流れが透明である」事の核心的な理由でもあるのです。
この仕組みが解明できない限り「淵」の問題も「透明な水」の問題も解明出来たとは言えません。この問題については、引き続き次の章で説明します。