「なぜ、上流の水の流れは透明なのか」
―河川上流中流の土砂流下と堆積の規則性を考える―
第7章 河川から流出した土砂と「砂浜海岸」(3/3)-第3節
第3節 「砂浜」「砂礫浜」の侵食
「砂浜」「砂礫浜」が浸食される理由
安倍川から三保に続く前浜が浸食されている原因について、前述の「佐藤 武」教授は、同じく『「清水市三保における海岸浸食―清水市折戸海岸の現況―」地質ニュース508号』で以下のように記述しています。
「駿河湾西部の海岸地形が、前に述べたような砂礫の供給と運搬のバランスの上に成り立っているのであれば、砂礫供給量の大幅な減少に対して海岸付近を移動する砂礫の量に変化のないかぎり、当然の帰結として海岸は浸食されるわけです。」(同25頁)
また、「清水市折戸海岸で人工的に砂礫の投入(養浜)が行われたことがあります。1996年〜大型ダンプトラック2000台分の砂利が〜運搬され、投入されました。〜投入された砂利はやがて打ち寄せる波によって運搬されてしまうのですが、少なくても投入された砂利がなくなるまでの間、それより北(浸食の下手側)の海岸は浸食からのが免れ、回復した部分もあり、いずれにしても海岸がやせることは一時的にせよ止まっています、このことに海岸浸食問題の本質があることが明らかです。」(同29〜30頁)
「佐藤 武」教授のこれらの記述では、静岡清水の前浜海岸で「海岸付近を移動する砂礫」を前提にして、「砂礫供給量の大幅な減少」が海岸浸食の原因である事と、「人工的な砂礫の投入(養浜)」の効果について言及しています。著者も「佐藤 武」教授の考え方に賛成です。
最近の、前浜海岸の「養浜」は、安倍川の土砂をダンプトラックで運び、堤防の前からコンクリートブロック群の水際線までを大量の土砂で埋め尽くす大がかりなもので、確かにそれは効果を生じさせています。でも、それは一時的な効果でしかない事は「佐藤 武」教授の指摘の通りだと考えられます。
しかし、「佐藤 武」教授の記述にあるように、「養浜」が効果を生じさせている事の意味は重大です。運び込む土砂は安倍川の地図的意味での下流域のものです。つまり、海岸を形成している土砂をその発生源から人工的に持ち込み施した場合には、浸食が一時的にせよ回復しているのです。ところが、自然状態で海岸に土砂が供給された場合では、海岸は浸食され続けています。言い換えると、海岸形成の源では充分な土砂があるのに拘わらず、実際の海岸ではそれらの土砂が海岸を形成する事は無いのです。
静岡清水の前浜海岸には、土砂の移動を妨げる突堤などの構造物はありません。第2、第3、第4のいずれの過程も問題なく生じている事は既に記述した通りです。現在の安倍川では、地図的意味での下流域に大量の土砂が堆積して、川床の上昇が問題視されているほどです。年ごとに多少の変動があるとしても、流域への降雨量が極端に変動した事実も無いようで、昔から変わる事なく、安倍川増水の機会は毎年多く発生しています。
そして、過度の砂利採取から始まった前浜海岸の浸食は、砂利採取が止まった現在でも止まる事はありません。
これらの状況は全く不可解です。問題の所在が、河川から海岸への土砂の受け渡しにある可能性を考える必要があります。
この不思議な問題の解決を示唆する資料があります。
『令和3年3月16日、静岡河川事務所発行、第7回安倍川総合土砂管理計画フォローアップ作業部会 「資料 1」54頁。(2)河口テラスの土砂管理指標:目指すべき河口部の姿「河口(テラス・砂州)の諸元』の
『図 河口部の測量断面の重ね合わせ』
この資料は、安倍川河口内部から沖合600mまでの海岸と海底の高さ深さを、平成25年から令和1年まで7年間の間、定期的に観測して図表にしたもので、大変分かり易く貴重なものです。7年間の観測ですが、河口の経年変化を調査したものでは無く、毎年11月の海底の状態を計測しています。この資料は、別紙「第6、7章の写真と説明」に掲載していますので、詳細はそちらをご覧いただく事にして、ここでは簡単な説明にします。
安倍川から排出される土砂が河口前面の海底にどの様に堆積するかを表したこの図表で、最も重要なことは、水深6mより深い場所の海底の深さがほとんど変化していない事の発見にあります。また、河口から排出され再び海岸に戻される土砂は、海底6mより浅い場所の土砂に限られている事も表示されています。その戻される量は、その時々によって異なり、河口に形成される砂州の土砂量と相関関係を示しているように見えます。
この図表の意義は、第二の過程で説明した、河口近くの浅い場所に堆積した土砂だけが海岸に戻され、深い場所にまで至った土砂は海底に沈みこむだけである現象を図形として具体的に説明している事です。
さて、上述第2節の「「砂浜」「砂礫浜」が形成される過程」の各説明は、その記述量が著しく偏っていた事に気が付かれていたと思います。第一の過程の記述が極端に少なかったのです。
それは、第一の過程については、項目を新たにして詳細に説明する必要があると考えていたからです。静岡清水の前浜海岸に限らず、多くの海岸で、第一の過程の不具合が第二の過程への土砂の受け渡しを妨げていると考えています。そして、そのことが、砂浜海岸や砂礫浜海岸が浸食されている最大の原因であるとも考えています。
第一の過程に生じている不具合の理由
かつて、砂浜や砂礫浜が形成されていた自然状態の河川の河口では、海底への土砂の堆積は何の問題も無く生じて、それらの土砂も第二の過程に問題なく引き継がれていました。ところが、河川上流中流や河口に様々な人工的建造物が設置されたことにより、それらの事情は異なって来ました。
河川から流れ出る土砂が河口近くの浅い場所に堆積する機会が減り、浅い場所への堆積量が少なくなりました。河口近くの浅い海底に堆積する土砂の量が少なくなった事が、第一の過程の不具合だと考えています。つまり、これが、砂浜や砂礫浜が侵食されている最も大きな原因です。
安倍川にはありませんが、河口から沖に向かって導流堤が建設されることがあります。また、導流堤ほどでは無くても、河口から沖の方向に向かって護岸や小規模な突堤を設置した河口も増えています。これらは、河口から流れ込んだ河川の水流を岸から離れた場所や沖の海底まで維持するので、河口近くの浅い海底に土砂が堆積する事が困難になりました。そして、それらの土砂が陸地に向かうことも困難にしました。これでは、第一の過程も第二の過程も成り立ちませんから、砂浜や砂礫浜が回復する見込みは全くありません。
河川の河口の岸辺にコンクリート護岸を設置したり、コンクリートブロック等を設置することは以前から行われて来ました。既に第5章で記述しているように、これらの構造の建設や設置は、その流れを強化し、岸辺を深く流れるようにしますから、元の岸辺にあった砂や砂礫の川底は減少し或いは消滅します。
コンクリート護岸やコンクリートブロック等の巨大な石や岩が、水流と土砂に与える影響は上流や中流だけでなく河口でも同じことです。当然に、河川の水流が流れ込む海底にもこの状況は引き継がれ、河口近くの浅い場所に土砂が堆積することが少なくなっています。
河口の上流側の岸辺に砂地や砂礫地が広くある場所でも、その陸地側に新たなコンクリート護岸やコンクリートブロックを設置することもあります。広い河川敷に設置される事の多いこれらの構造物も、河口近くの浅い海底に土砂が堆積する事を妨げています。
河川の上流には多くの砂防堰堤が建設されてその上流側と下流側に小さな土砂による河川敷と川底を拡大しています。中流域だけでなく上流にも多くのコンクリート護岸が施されています。また、都市では、多くの場所がアスファルトやコンクリートで覆われています。さらには耕作地の水流も、その多くがコンクリート護岸の水路、全面コンクリート張りの水路、U字溝になってしまいました。
河川の上流部には貯水式のダムが設置されて、急激な放流と急激な放流停止を繰り返しています。
これらはすべて河川に急激な増水と急激な減水をもたらしています。それらの構造物やその操作が、河川から流出した土砂が河口近くの浅い海底に堆積することを妨げています。つまり、砂浜や砂礫浜を形成するための最初の過程の実現を困難にしています。
河川での急激な増水と急激な減水が、河口近くの浅い海底への土砂の堆積を妨げている状況を分かり易く説明します。例えば、水道の蛇口にビニールホースを繋ぎ、庭に水を撒く事を考えてみます。
水道の蛇口の元栓をひねればホースから水が出て来ますが、最初はその勢いが弱いので水は足元近くに落ちてしまいます。急ぎ元栓を回せば水の出は勢いを増して遠くまで飛ぶようになります。散水する水を止める時に元栓を逆にひねれば、水が止まる前に勢いを無くした水が足元に落ちます。そして、水道水の勢いが弱い時に、ホースの出口を押しつぶして水流の出口を狭め、水を遠くまで飛ばすことも良くやる事です。
河口から排出される土砂は、河川の水流と共に移動しているのですから、水流が弱い時には河口近くに堆積します。逆に、海中であっても強い水流が続いていれば土砂もそれと共に移動を続けて深い海底に堆積します。
ダムや上流中流の構造物や、都市や農村の各構造による急激な増水と急激な減水は、水道の元栓を早く回して勢いよく水を飛ばす、或いは急激に止める時の状況と同じであり、河口や河口近くのコンクリート護岸やコンクリートブロックや導流提の役割は、ホースの出口を押しつぶすのと同じではないでしょうか。
ようやく、上流中流の土砂流下と、海岸の砂浜や砂礫浜との関係が明らかになりました。上流中流の「砂防堰堤」「コンクリート護岸」「貯水式ダム」等による急激な増水と急激な減水が、多くの土砂を岸辺から離れた深い海底にまで排出している事は間違いありません。
これらの事情は、日本各地で海岸が浸食され始めた時期を考えると、より鮮明です。各地の海岸で海岸浸食が言われ始めたのは、今から40〜50年ほど前からです。丁度、その時期は日本が高度成長期の最中であり、日本全土で大規模な建設工事が拡大し始めた時期でもありました。それは、各地の上流中流でも同じで、必ずしも必要とは言い切れない各種の河川工事が日本中で繰り広げられました。
高度成長期以前に、自然のままであった海岸線が浸食される話を聞いたことはありませんでした。高度成長期以降、海岸線の浸食が始まりました。 そして、残念な事に、現在でも、何らの反省も無く、上流中流のそれらの工事は継続して拡大し続けています。
これで、砂浜や砂礫浜が侵食される状況を食い止め、或いは回復させるための方策も明らかになったと考えています。この章以前に記述した河川工事の様々な事柄を改良して、昔の穏やかな増水と穏やかな減水の河川に戻せば良いのであり、貯水式ダムもその放流方法を改めれば良いのです。また、都市部や農村部の工事方法も変更する必要があるでしょう。
つまり、河川での急激な増水と急激な減水を無くすことが第一です。そして、貯水式ダムの場合では大きな増水(水位が高い増水)の機会を少なくして、小規模な増水の機会に変える事と、それぞれの機会で急激な増水と急激な減水が生じないようすれば良いと考えられます。
もちろん、それらの改良だけでなく、河口や海岸での間違えた構造物を撤去して、自然の河口や自然の土砂移動を取り戻す事も必要になることでしょう。
第一の過程で生じているもう一つの問題
ここまで、河川の急激な増水と急激な減水が砂浜や砂礫浜の形成を妨げている事を説明してきました。でも、河川の急激な増水と急激な減水は、もうひとつの問題を生じさせている可能性があると考えています。
もう随分昔の事です。何歳であったか定かでは無いのですが、私がまだ子供の頃、父親に連れられて前浜海岸に釣りに行き、増水の後の「安倍川河口」近くを訪れた事がありました。その時、安倍川河口から広がる茶色に濁った海面の様相に目を見張った覚えがあります。
河口から流れ出た茶色の濁りは、河口だけでなく河口に続く前浜海岸の渚に沿って広がり続いていたのです。私は、それまで、何となく河口から流れ出た水は河口から沖に向かって放射状に広がる事を予想していたのだと思います。でも、実際には、流れ出た濁りは、河口の沖よりも岸辺に沿って遠くまで広がっていました。河口の沖では、海岸線に沿った濁りよりも少しだけ遠い場所まで広がっていましたが、濁りのほとんどは海岸の岸辺に沿って、多分、1〜2百Mほどの同じ幅で広がっていたのです。それより沖には青い海原が広がっていました。私は、河川の濁りはこのようにして広がっていくのだと、何故か感心した記憶があります。
その頃、今から50年以上前ですが、静岡の前浜は生物に溢れて豊かでした。岸辺近くで立ち上がる波の中を、大型の魚が素早く横切る光景は珍しく無く、大きな魚に追われた「イワシ」等の小魚が波と共に幾つも岸辺に打ち上げる事も幾度もありました。子供の私はそれらを懸命に拾い集めたものです。地引網も各所で行われていました。現在、前浜海岸には、それらの豊かな光景は何処にもありません。長く続く静岡清水海岸の一箇所か二箇所では、かつて使われた小舟が船底を上にして置かれたままです。
私が、少年から青年になり、やがて成人して年を経るまで、静岡の前浜海岸は豊かな自然を失い続けて来ました。多くの生物がその数を減少させ或いは姿を消しました。私は、前浜海岸から、かつての自然が失われた原因の一つとして、安倍川の急激な増水と急激な減水の影響を考えています。
つまり、昔は、「安倍川河口」から流れ出た濁りのほとんどは、河口から渚近くを次第に東方向に広がっていました。そして、広がる過程で、濁りの本体の無機物や有機物は、海藻や植物性プランクトンの餌になり、それらはさらに貝や動物性プランクトンの餌になり、動物性プランクトンは小魚や貝類やその他の小さな生物など餌になっていたのです。広い海洋であっても、最も生物類が豊富な場所は海岸近くの浅い場所である事を、多くの人が理解しているのではないでしょうか。言い換えると、海洋における食物連鎖の最初の過程の一つが、河口に続く渚に近い浅い海底から始まっていたのではないでしょうか。
しかし、現在では「安倍川」を始めとして日本中の河川のほとんどでは、急激な増水と急激な減水が発生しています。もちろん、河川で発生した濁りが渚近くの海岸で拡大していることは現在も続いています。でも、河口からの濁りは昔よりも遠くの沖にまで達して、渚近くで広がる濁りの量が減少している事は間違い無いでしょう。砂や砂利は流れが遅くなれば直ちに海底に堆積しますが、より小さな粒子である濁りは、流れが全く無くなる状態になるまで、或いは、微生物の餌になるまで沖合を漂い続けているはずです。
これらの考え方は、ほとんど実証的でなく、私の個人的感想或いは思い込みに過ぎません。でも、今まで研究され観察される事の少なかった分野である事は間違いないでしょう。多くの皆さんにより、広範な研究がなされる事を強く望んでいます。
問題は、まだあります。海へと流失する河川水の汚染は以前より言われてきたことです。しかし、その問題に対する方策は今でも遅れています。
以前から知られていた農薬や工場からの有害物質の排出は確かに減って来たようです。でも、従来に無かった新たな化学物質が次々と出現しています。それらに対する対応はほとんど行われていません。新たな農薬や除草剤或いは決して分解する事の無い科学物質など、旧来のやり方では対応できない物質が数多く出現しています。残念な事に、これらにする対応は、全くなされていません。
私は、少年だった頃の自然に溢れた海岸や沿岸を取り戻す事は可能だと考えています。そして、それらを実現する事が、日本に再び活気と未来を取り戻すために、どうしても必要な事であると考えています。
大きな河川と小規模な河川
日本だけでなく、世界中で海岸浸食が発生していて、海岸を回復させるための工事が様々になされているようです。しかし、海岸の回復は全く困難な様子です。ただ一つ、違いなく成果を上げているのは、海岸に多くの土砂を施す方法「養浜」だけであると聞いています。
その事実は、海岸の土砂移動が「沿岸流」によるものでは無く、海岸に絶え間なく打ち上げている「波」によって生じている事と、河川やその河口で誤りが生じている事を証明しているのではないでしょうか。
多くの費用を要している各種の工事が成果をあげないのは、海岸での土砂移動の実際を理解していないからです。そして、同じく理解されていない事がもう一つあるからです。
様々な事柄が河口近くの浅い場所への土砂の堆積を減少させていることは既に記述したとおりですが、ここには注目すべき事柄があります。それは、河口近くの浅い場所への土砂の堆積が少なくなる問題は、土砂の量の問題ですが同時にその割合の問題でもあると言うことです。
規模の大きな増水によって流下する水量が増加した時には河川から排出される土砂の量も多くなるのですが、浅い場所に堆積する土砂の量はその割合が少なく、小規模な増水で水量が多くない時には排出される土砂の量は少ないけれど、浅い場所に堆積する土砂の割合は多いのではないでしょうか。
これを言い換えると、大きな河川から大量の土砂が海に排出されても、海岸の砂浜や砂礫浜に戻されるのはその内の一部に過ぎません。それに対して、小規模な河川からは少量の土砂しか排出されませんが、浜辺に戻される土砂の割合は大きいのです。
一般的に、大きな河川であるほど、砂浜や砂礫浜の形成に関わる土砂を多く提供していると考えられていると思います。しかし、実際にはそうであるとは言い切れないと考えています。
たとえば、房総半島の九十九里浜は、その海岸の長さは50kmほどにも及びます。その長大な浜辺を形成している土砂は、海岸の東側と西側にある丘陵地が供給していると考えられるとの文章を見たことがあります。 私自身は現地に行った事はありませんが、これはあり得ない考え方です。
写真や地図で見たそれらの丘陵地の規模は小さなものです。海に面した丘陵地の崖からどれほど大量の土砂が海に落ち込んだとしても、50kmに及ぶ砂浜の砂をそれらの崖だけが供給している事は考えられません
安倍川では増水の度におびただしい量の土砂が海に流れ込んでいますが、それでも砂礫浜を形成しているのはそれらの内のごく一部に過ぎません。
九十九里浜を形成している土砂の大部分は、海岸に幾つかある小規模な河川と、それより多くあるさらに小さな名もない細流が供給していると考えられます。
九十九里浜でも海岸侵食が発生して、対応する工事が各所で行われているとの記事を見たことがあります。でも、それらの工事はそれほどの成果を上げていない事でしょう。それは、上記した中小及びさらに小さな水流による土砂供給と、その移動に対する無理解があるからだと考えています。それらの中小及び細流の河口では、第一、第二の過程が阻害され、浜辺では第三の過程が阻害されていると考えられます。
河口や浜辺の問題でも重要なことは地域の人々による観察です。現地から離れた机の上で従来からの理論を振り回したところで何の解決もありません。各地のサーファーの皆さん、釣り人、水防団員、地域の住民の皆様の観察が、河口と浜辺に関わる事実と解決策を明らかにしてくれるはずです。
「安倍川」と静岡の前浜の現状
前述したように、現在の静岡の前浜は侵食前の状態に徐々に戻りつつある状況だと考えられます。しかし、この状況は、安倍川が昔の流れに戻ったから実現されたのではありません。
静岡清水の前浜の回復は、大掛かりな養浜によって維持されて、全体の半ば過ぎまで進んでいます。でも、養浜が無ければ回復も止まり再び浸食が始まる可能性が大きいのです。しかし、ダンプトラックによる養浜事業を永遠に続ける事が最善の方法であると考える人はいないでしょう。
現在の静岡清水の前浜の回復状況に、安倍川から排出される土砂が全く貢献していないとは考えてはいません。安倍川の地図的意味での下流域には大量の土砂が堆積しているので、それらの土砂が前浜の回復に貢献していることは間違いありません。それらの区域での土砂堆積の進行は、網目状区域や瀬切れ区域の拡大状況からも明らかです。
また、安倍川流域では、令和4年に至るまでは、大規模な増水が連続することも無かったのです。降雨があっても比較的小規模な増水しか発生しなかったのです。そんな状況がここ何年も続いています。
これらの状況が先述の第一と第二の過程を実現させたので、前浜の回復が始まったと考えられます。でも、状況が少し悪化すれば、再び浸食が深刻になる可能性が大きいと考えています。
現在、地図的意味の下流域に堆積した土砂の内のかなりの部分は、全くの自然の土砂流下では無く、砂防堰堤やコンクリート護岸がもたらしたものです。そして、それら下流域の大量の土砂は治水における不安要素でもあります。ですから、安倍川での砂利採取が「養浜」の名のもとに拡大されています。また、上流域への新たな構造物の建設も始まっています。
或いは、気候の変化によって大規模な増水が度々発生するようになれば、前浜の回復は停滞し後退するかもしれません。
さらには、堤防の水流側に新たなコンクリート護岸が河口近くまで延長され続けています。やがては河口全体をコンクリートで覆ってしまうのかもしれません。そうなれば、三保にまで続く前浜海岸が回復する可能性の多くが失われるかも知れません。
現在、静岡の前浜海岸が回復傾向にあるのは、一時的な幸運なめぐり合わせの結果であると言っても良いのかも知れません。
「安倍川」から「三保海岸」に続く砂礫浜の前面は、急峻で深い海底の駿河湾です。しかも、流れ込む「安倍川」の流れは急流です。このような困難な条件であっても静岡の「砂礫浜」が回復する傾向にある事は、まったく幸運なことです。同時に「安倍川」からの土砂流出量が如何に多いかを物語っているとも言えます。
ですから、「安倍川」での対応を間違えなければ、そして河口や浜辺でも間違えなければ「羽衣の松」の海岸も充分に回復出来ると考えられます。 同様の事は、日本中の海岸についても言えます。それらの海岸でも、数十年前には全く自然のままで、「砂浜」や「砂礫浜」があったのですから。
この章を記述する際に参考にした幾つかの文書やWEB上の記載の中で印象に残った記述がありました。以下に、その部分を引用します。
「三保の渚を守るには 〜最後に三保の海岸浸食対策に関して筆者の意見を述べたいと思います。
第一に、安倍川の砂防事業、河川管理事業、静岡・清水海岸保全事業を一体として総合的に実施することが大切で、砂防・洪水防止・海岸保全事業の三者を満足させ、海岸の砂礫の収支を健全化する妙案を考えだすことです。〜〜
第二には、三保の海岸浸食の実態を良く知る事です。〜三保の海岸は現在、さながら「海岸浸食の博物館」です。海岸を観察(ビーチ・ウオッチ)し、侵食の実態を知ったうえで、三保に住む人、訪れる人、一人ひとりが知恵を出し合って、協力することが「天女の浜」を守る第一歩になることと信じています。」
出典:『海のはくぶつかん』VOL.27,No,6,p.4~6
1997年11月号「三保の海岸浸食」―三保の渚を守るには―「佐藤 武 (東海大学海洋学部海洋資源学科教授)」(所属・肩書きは発行当時のもの)
http://www.scc.u-tokai.ac.jp/sectu/kaihaku/umihaku/vol27/V27n6p4.html
(2018年11月23日引用)
この文章の著者は、前述「「砂浜」「砂礫浜」が形成される第三の過程」と「「砂浜」「砂礫浜」が浸食される理由」で紹介した「佐藤武」教授です。
実は、この文章を引用して論述を公開しまた書籍化することの了解を頂くために、佐藤先生と交わした手紙のやり取りの中で、先生の研究の内容をよく知ることが出来ました。前述、第三の過程への記述が詳しくなったのはそのような事情がありました。
著者も、引用した先生の考え方に全く賛成です。そして、このことは三保の海岸に至る静岡の前浜海岸だけでなく、日本中の海岸について言えることだと考えています。
著者は、この章で、河川の急激な増水と急激な減水が海岸の浸食を招いたとの考え方を説明しています。しかし、河川のそれらの状況を改善するためには、少なくない年月が必要です。
ですから、急激な増水と急激な減水が改善されない現状であっても、海岸浸食を改善する新たな方法を提案しています。その方法は、この章に記述した内容と安倍川河口の土砂堆積の図表を基に考案したもので、容易で安価でもある方法です。ぜひこの方法によって、昔からの自然の海岸を取り戻して頂きたいと願っています。
具体的工事方法は、同じWEB上の掲載「河川上流中流と海岸を回復させるための新たな工事方法」で詳しく説明しています。